カテゴリー‘生きるということ’

自分で生きていくと決めたとき

私は、学生時代まで、親や祖父母の援助で学校に行かせてもらっていた。奨学金や授業料免除も利用したが、養ってもらっていることに変わりはなかった。

幼いころから完全にひかれたレール。ここに完璧にのって頑張った。何も考えない、感じないようにする癖がついていた。親が望む素質を私が持ち合わせておらず、努力だけは人の何倍もして、高校では燃え尽きのような状態に。しかしもう一度奮起して、これまた教師や親のアドバイスのまま、猪突猛進し、親の望む大学を卒業した。

卒業論文を提出した帰りの電車で、空はこんなに青かったんだと思ったのを鮮明に覚えている。卒業論文を終えるまでは我慢していた宇多田ヒカルのファーストアルバムを買い、家に帰った。

卒業論文を出してしまえば、口述試問くらいしか大学に用はない。卒業論文を提出したわずか数日後には、がんがんアルバイトをした。卒業後は、絶対に経済的に自立をする、経済的に誰かに依存している状態では、本当の自分の人生は歩めないのだと、レールに乗った22年間という長い時間で痛感したからである。

私の卒業した大学には、就職する人はまれである。就職情報もほとんどこない。当時まだパソコンは高価すぎて持てなかったし、本屋を見てみると、はがきでいろんな会社にエントリーすることが主流のようだった。

少し就職活動をやってみたが、すぐに断念してしまった。しかし、卒業したら、絶対に経済的に自立すると考えていた私は、仕事に直結する学科のある大学への入学を目指して、朝日奨学生となった。

その後、体力的に厳しかったため、事務のアルバイトに変えるが、ぼろアパートに住み、アルバイトだけで生活し、少しずつ貯金もし、勉強もしていた。

そんな中で、勉強したことのないことでも、必ずできるという確信を得、さらに大学に4年間通うよりも、まずは若いうちに働きはじめた方がよいのでは、と考えを変え、就職活動に変更し、紆余曲折あったが、納得できる会社で、文化も肌に合い、必死で頑張る、そんなことができるようになった。

一番安定していた時期だろう。

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