カテゴリー‘自己紹介’

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

7回もの転職をして思うこと。

今回は、7回もの転職をして思っていることを

書いていきたいと思います。

これまでの私の経緯については、

下記記事に書いていますので、

よろしければごらんください。

なぜブログを書いているのか。

リストラ、休職と転職の繰り返し、失業

私は、親に学校を出してもらうまで、

子供の頃から音楽漬けでした。

周りも就職する人はほとんどいません。

そこで、真剣に考えて、将来の仕事も考えて

公立大学に進学しようと新聞奨学生になりました。

もちろん新卒での就職活動もしたのですが、

私の学校には就職情報も入ってこないし、

周りも就職活動をしていないし、

当然不採用ばかりで、あきらめてしまいました。

それで、住込みで新聞配達をしながら、

これまでやっていなかった科目の勉強を、

参考書を買ってきて一人で勉強しはじめました。

数か月続けてみて、

「やったことがないことでも、

やればできる!」との確信を得て、

それならば、また学校に行くよりも

早く仕事をはじめて仕事を覚えた方が良いとの

結論に達し、新聞奨学生を辞め、アルバイトしながら

就職活動に切りかえました。

新卒ではないので、中途採用での転職活動に

参入することになったわけです。

同時に、英語は頑張って勉強を続けていました。

IT企業に絞り、英語も使う環境で仕事をしたいと

就職活動をはじめました。

不思議と、面接の通過率は、新卒時代とは

比べものにならないくらい高くなり、

採用まであと一歩まで進めることも

結構ありました。

人見知りが激しく、面接に苦手意識がありましたが

少し自信が出てきました。

大学での専門が芸術のため、

色眼鏡で見られることも、

興味本位だけで面接に呼ばれることもありました。

それが悔しくてTOEICを受けたら

意外と高いスコアだったので、

それを履歴書に書くようになってからは、

学生時代の専門分野:芸術について

根ほり葉ほりきかれることもなくなりました。

そして、いいなと思っていた企業に、

ついに中途採用で採用されました。

もう一度TOEICを受けたら、

900ほどになっていました。

その外資系のIT企業で長く勤めることになります。

が、リーマンショックの後、訳のわからない

リストラにあって転職活動を余儀なくされたり、

異常な過密労働の開発プロジェクトで

体をこわしたり、色々なことが起こり、

転職が増えてしまいました。

7回は転職したはずです。

リーマンショックの頃は、何十社も落ちまくりました

そんな訳で、年齢の割に転職回数が多くなって

マイナス要因と思われることもあります。

が、転職準備については、そもそもはじめて正社員に

なったのも中途採用だったし、

書類の準備や面接準備、応募先の企業や職種の研究などには、

ちょっと自信が持てるほどになりましたよ。

ただ、今はもう、通勤できる体調にないので、

転職活動はしていませんが・・・。

みなさん、体をどうか大事にしてください!

働ける状態でありさえすれば、必ず転職できます!

地域によって、求人に大きな差がありますが、

体があれば、あとは、自分が何をしてきて

何ができるのか、どのように応募先企業で

貢献できるのかを、応募書類に簡潔にまとめ、

面接で「対話」をすれば、必ず転職できます。

※このあたりの転職準備については、下記ブログ

http://todayistheday2012.blog.fc2.com/

にも書いておりますので、気が向いたらごらんください^^

もし不採用であっても、それは、応募先との意向と

自分の強みが合っていないだけなので、

全く気にする必要はありません!!

むしろ、食い違った転職をしないですんで

よかった、と喜んでいいくらいです。

落とされるのは辛いです。

自分を否定されたと感じ、自分は通用しない人間なんだ、

社会に必要とされていないと思ってしまうのは当然です。

私も、落とされると相当落ち込みます。

何度も何度も経験しました。

では、働きに行けない体調や状況に

なってしまったら?

そして、それがいつ終わるかもわからないとしたら?

真っ暗闇です。

身動きとれません。

消えてしまいたいとも思います。

でも、そんなことは思わないでほしいんです。

生きていてください。

希望を失わないで下さい。

今は、ネットがあります。

うまく利用すれば、これで生きられる!

そのやり方を、メルマガで

お伝えしていきたいと思っています。

リストラ、超過密労働、体をこわしては転職の繰り返しを経て。

ちょっと暗い話でごめんなさい。

でも本当のことなので、書かせて下さい。

この数年、体を壊して休職診断を下され、

また転職しては休職診断、これを繰り返して

どんどん悪化しました。

そして今、通勤することはあきらめ、

何とか家で病気と付き合いながら仕事をする術はないかと

考えてたどり着いたのが、今のスタイルなのです。

「よくある話だ」と言ってしまえばそれまでです。

もっと過酷な条件の中、様々な事情から

体に鞭打って働き続けている方を何人も知っています。

私は、長年外資系のIT企業に勤めていました。

仕事は、開発などです。SEやコンサルをしていました。

そんな中、あのリーマンショックの後、

リストラの嵐が吹き荒れました。

リストラ対象とされた基準は全く不透明で、

不公正と言って良いほどでした。

私はこうして会社を追われ、転職活動に

奔走することを余儀なくされました。

リストラ対象にならなかった同僚達も、

その後自ら転職していきました。

あんなに良い会社だったのに、

不公正なリストラを行うほどに

腐っていたのです。

現在あの会社には、私の知っている人は

ほとんどいません。

基準のわからない不公正なリストラにあい、

私はものすごいショックを受けました。

それでも、生活しないといけないので、

必死に転職活動をしました。

でも、時期が悪いこともあり、不採用ばかりでした。

やっとの思いで職にありつけたのですが、

待っていたのは、超過密・過重労働の

無理難題・問題山積の開発プロジェクトでした。

プロジェクトまでの通勤も遠くて疲れたのですが、

プロジェクト自体が狂っていました。

朝8:30の朝会で始まり、その後わき目もふらず

設計書やプログラム作成やテストを行って、

終電で帰ることができれば「今日は早く帰れた」

という状態です。

徹夜の連続は当たり前です。

しかも、夜中3時から7時ごろまで、

メンテナンスのためにシステムが停止します。

その開発プロジェクトでは、システムにログオンして、

システム上の開発エディタでプログラミングしていくので、

システムがとまると、作業ができません。

そこで我々は、システムが止まるとすぐ、

作業をMKEditorというテキストエディタで

プログラミングを続行しました。

デバッグできないですが、何も進まないよりずっと良いです。

また、仕様書、設計書、テスト仕様書も

普通のプロジェクトでは考えられない程の量を

作らなければならなかったので、システム停止の間は、

その作業もしていました。

そんなプロジェクトが1年近く続き、

プロジェクトが終わってからも、何度か

プロジェクト先に行っては作業を行いました。

そして、ようやくそのプロジェクトから解放されると、

体をこわしていました。

医師から「休職診断」が出され、

はじめて休職をしました。

しかし、それを快く受け入れられるような

会社ではありませんでした。

休職にこぎつけるまで会社と

何度もすったもんだがありました。

ですので、休職の間、必死に転職先を探しました。

運よく次の転職が決まり、会社に退職を申し出ると、

すぐ受理されました。

医師により、急きょ復職プログラムを行い、

転職に備えました。

新しい仕事先では、今までとはかなり分野が

異なるけれども、経験自体は生かせるので、

何とか頑張れそうだと思っていました。

ところが、病気は治っていなかったのです。

結局、また、休職せざるを得なくなりました。

しかも、前回よりも状態が悪くなっており、

いつ復帰できるか見当がつきませんでした。

そんなある日、会社から、

「これ以上休職は認められない。退職か、復職か」

と迫られ、職を失う怖さから、

またも無理やり復職プログラムを行って、復帰しました。

1日1日必死でした。

以前の自分なら普通にできていたことが

できなくなっているし、何しろ体力がありません。

そんな中、ある会社から声がかかり、

転職することになりました。

そこは、長く勤めていた職種で、

今度は頑張れそうだと思いました。

また、入社してみると本当に素晴らしい会社で、

理想的な職場に転職できたことに心から感謝していました。

・・・ところが、やはり体は治っていなかったのです。

また、症状が急激に悪化したのです。

またも「休職診断」がおりましたが、

6か月の試用期間中だったため、退職することになりました。

「復帰できるようになったら、また応募してください」

との言葉が、たとえ社交辞令でも嬉しかったです。

こうして職を失った私は、

家で休養し通院して治療に専念することになりますが、

数か月間、ほとんど起き上がることさえできず、

通院もできませんでした。

「休職と転職を繰り返す度に悪化しているんだ。

もう、この先はない」

と、消えてしまいたかった。

理想的な転職を棒に

振ってしまったことへの後悔も、

何度も襲ってきました。

数か月経ち、ようやく少し動けるようになり、

「生活費を何とかしなければならない」

と、必死で模索し始めました。

まずは不用品を売りましたが、

大した額にはなりません。

FXもやってみましたが、余裕資金がないと

無理と痛感しました。

病気で外に働きに行けないため、

自宅で自分のペースで仕事ができ

私、大森はなぜこれを書いているのか?~自分で生きると決めたとき。

なぜメルマガ/ブログを書いているのか、その思いを書きたいと思います。

本日は、直近のことのみで書きますね。

本当はもっと遡って書きたいんですが、あまりに長くなりそうなので。。

まず、私にとって、経済的に自立することが、

自分が自分でいるためにどうしても必要なのです。

もちろん、生きるための生活費を得なければならないのは当然です。

が、精神面で、経済的自立なしには、心の自由が得られなかったからです。

親に扶養してもらっていた間は、親の望む通りの道を歩んできました。

親の望むことを、全力で必死に努力し続けて全うし、結果を出しました。

そして、学校を卒業したときに、

「これからは自分で生きる!」

と心に誓いました。

せっかく親に授かった命を、生ききりたい!

そのためには、もう、時間や努力の空費は嫌だったのです。

これからは、自分で働いて、自分で生活し、自分で生きたいように

生きていきたい。そう思いました。

たとえ、その生き方が親の好みとは違っていたとしても、

たとえ意見の相違があっても、

「親から授かった命を生ききること」

それ自体が、

究極的には親への、祖父母への、先祖への

恩返しになると信じています。

そして、学校時代までずっと音楽漬けだった私は、

自分で英語を勉強し、外資系IT企業で働き始めました。

ところが、この数年、

リストラや、開発プロジェクトでの過労や、親との確執などから

(と自分で推測していますが、原因はわかりません)、

体調を崩しては職に復帰し、を繰り返してきました。

そして、約半年前、

再びほぼ理想的な職場に転職でき、

「今度は大丈夫だろう」と思ったのに、

また病状が悪化し、医師の診断により、

また治療に専念しなければならなくなりました。

残念ながら試用期間中だったため退職することになり、

職を失い、今に至ります。

通勤しての仕事はできない。

病気とともに生きなければならないので

以前のように激しい働き方もできません。

でも、

「自分で生計を立てること」は、

自分が自分でいるため、自分の心が自由であるために、

私にとってはどうしても必要なことです。

最後に仕事を辞めてから数か月は

全く起き上がることさえできませんでした。

正直、「消えてしまいたい」と思うことさえありました。

最大のチャンスだった転職さえふいにしてしまった

との後悔も何度も襲ってきました。

そして、ようやく最近、少し動けるようになってきました。

何とか私のような状態でも

生計を立てる方法はないのか、

家で仕事はできないだろうか、

ネットで仕事はできないだろうか??

いろいろ模索し始めました。

不用品をヤフーオークションで売ったり、

FXをやってみたり、

「サ○商材」に手を出したり・・。

そうしているうちに、

だんだんネット関係のメルマガや情報に

慣れてきました。

信頼できるメルマガ発行者様を

何人か見つけました。

その方たちが、

とある教材の出身者であるとわかり、

「これで最後」との思いでその教材で勉強しました。

そして、自分自身が生きるためであると同時に、

私のように、

もう通勤しての仕事ができない状態の方や、

ぎりぎりのところで頑張って働いておられる方々に、

「こんな方法もあるよ」とお伝えしたいと思うように

なりました。

このブログを書いているのはそんな思いからなのです。

一気に書いてしまい、あまり具体的なことは

書かなかったので、伝わりづらい面も多々あると思います。

また、明日以降、少しずつ書いていきたいと思います。

自己紹介

はじめまして。

私は、大森夕希と申します。

はじめて訪問してくださった方にむけ、自己紹介をしたいと思います。

以下の自己紹介は、出来事中心に書いています。

いろんな苦しかったこと、そしてそれを通じて何を考えてきたか、につきましては
下記記事で書いておりますので、よろしければごらんください。

7回もの転職をして思うこと。

なぜこのブログを書いているのか。

リストラ、休職と転職の繰り返し、失業

私は、長くIT企業に勤めておりました。その間、リーマンショックでのリストラや、体調を崩して失職するなど、色々なことがあり、今も体調不良のため失職中です。

そのため、「何とか生計をたてなければ!」とネットビジネスを始めました。

本ブログでは、アフィリエイトの第一歩に必要な情報のほか、PCの便利な設定、フリーソフトなどについてご紹介してまいりたいと思います。

また、1日で5000円稼げる方法につきましても、実際に自分で実践して、「これはおすすめしたい!」と思ったものを、ご紹介してまいります。

今後とも何卒よろしくお願い致します。

自己紹介です。

はじめまして。

大森夕希と申します。

ご覧いただきありがとうございます。

自己紹介です。よろしければお読みください m(_ _)m

なお、以下の自己紹介は、やってきた事柄を中心に書いております。

何を考えてきたのか、それを赤裸々に綴っているのが以下の記事ですので、

よろしければ合わせてお読みいただけますと大変うれしいです。

7回もの転職をして思うこと

なぜこのブログを書いているのか。

リストラ、休職と転職の繰り返し、失業

【自己紹介】

東京都在住の30代です。

難治性疾患のため、休職や転職を経て、現在は退職して療養しています。

リーマンショックによるリストラや過重労働も経験しました。

幼少より音楽漬けだったため絶対音感があり、「耳コピー」が大好きです^^

水泳が好きで、日本泳法もできます(小堀流踏水術)。

好きな食べ物は、「アイス!」です。ただ、食べるとその分確実に太るので、自重しています。。

語学が好きです。英語は、6か月独習しTOEIC890を取得し、

外資系企業でなんとか働いていました。

自由な時間が増えたら、英語をもっと勉強し、

また、他の外国語も挑戦したいです。


【これまでの経緯】

子供の頃から音楽漬け

→新聞奨学生として住込みで新聞配達

→6か月、アルバイトをしながら英語を独習し、TOEIC890を取得

→外資系IT企業に就職(中途採用)

→退職し、某劇団音楽担当

→再度外資系IT企業に転職

→リーマンショックによるリストラや、その後の職場での過重労働などで体調悪化

→通院しながら休職や転職を繰り返す

→2012年2月、療養のため退職し、現在に至る。

難治性の疾患のため正社員として通勤して働くのが困難になり、

療養しながらも仕事ができないかと模索していて、

ヤフオクやアフィリエイトなどのネットビジネスと出会いました。

【ネットビジネス経験・実績】

ひとえに皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!

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今後ともよろしくお願い致します。

 

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