カテゴリー‘リストラ’

リストラ、超過密労働、体をこわしては転職の繰り返しを経て。

ちょっと暗い話でごめんなさい。

でも本当のことなので、書かせて下さい。

この数年、体を壊して休職診断を下され、

また転職しては休職診断、これを繰り返して

どんどん悪化しました。

そして今、通勤することはあきらめ、

何とか家で病気と付き合いながら仕事をする術はないかと

考えてたどり着いたのが、今のスタイルなのです。

「よくある話だ」と言ってしまえばそれまでです。

もっと過酷な条件の中、様々な事情から

体に鞭打って働き続けている方を何人も知っています。

私は、長年外資系のIT企業に勤めていました。

仕事は、開発などです。SEやコンサルをしていました。

そんな中、あのリーマンショックの後、

リストラの嵐が吹き荒れました。

リストラ対象とされた基準は全く不透明で、

不公正と言って良いほどでした。

私はこうして会社を追われ、転職活動に

奔走することを余儀なくされました。

リストラ対象にならなかった同僚達も、

その後自ら転職していきました。

あんなに良い会社だったのに、

不公正なリストラを行うほどに

腐っていたのです。

現在あの会社には、私の知っている人は

ほとんどいません。

基準のわからない不公正なリストラにあい、

私はものすごいショックを受けました。

それでも、生活しないといけないので、

必死に転職活動をしました。

でも、時期が悪いこともあり、不採用ばかりでした。

やっとの思いで職にありつけたのですが、

待っていたのは、超過密・過重労働の

無理難題・問題山積の開発プロジェクトでした。

プロジェクトまでの通勤も遠くて疲れたのですが、

プロジェクト自体が狂っていました。

朝8:30の朝会で始まり、その後わき目もふらず

設計書やプログラム作成やテストを行って、

終電で帰ることができれば「今日は早く帰れた」

という状態です。

徹夜の連続は当たり前です。

しかも、夜中3時から7時ごろまで、

メンテナンスのためにシステムが停止します。

その開発プロジェクトでは、システムにログオンして、

システム上の開発エディタでプログラミングしていくので、

システムがとまると、作業ができません。

そこで我々は、システムが止まるとすぐ、

作業をMKEditorというテキストエディタで

プログラミングを続行しました。

デバッグできないですが、何も進まないよりずっと良いです。

また、仕様書、設計書、テスト仕様書も

普通のプロジェクトでは考えられない程の量を

作らなければならなかったので、システム停止の間は、

その作業もしていました。

そんなプロジェクトが1年近く続き、

プロジェクトが終わってからも、何度か

プロジェクト先に行っては作業を行いました。

そして、ようやくそのプロジェクトから解放されると、

体をこわしていました。

医師から「休職診断」が出され、

はじめて休職をしました。

しかし、それを快く受け入れられるような

会社ではありませんでした。

休職にこぎつけるまで会社と

何度もすったもんだがありました。

ですので、休職の間、必死に転職先を探しました。

運よく次の転職が決まり、会社に退職を申し出ると、

すぐ受理されました。

医師により、急きょ復職プログラムを行い、

転職に備えました。

新しい仕事先では、今までとはかなり分野が

異なるけれども、経験自体は生かせるので、

何とか頑張れそうだと思っていました。

ところが、病気は治っていなかったのです。

結局、また、休職せざるを得なくなりました。

しかも、前回よりも状態が悪くなっており、

いつ復帰できるか見当がつきませんでした。

そんなある日、会社から、

「これ以上休職は認められない。退職か、復職か」

と迫られ、職を失う怖さから、

またも無理やり復職プログラムを行って、復帰しました。

1日1日必死でした。

以前の自分なら普通にできていたことが

できなくなっているし、何しろ体力がありません。

そんな中、ある会社から声がかかり、

転職することになりました。

そこは、長く勤めていた職種で、

今度は頑張れそうだと思いました。

また、入社してみると本当に素晴らしい会社で、

理想的な職場に転職できたことに心から感謝していました。

・・・ところが、やはり体は治っていなかったのです。

また、症状が急激に悪化したのです。

またも「休職診断」がおりましたが、

6か月の試用期間中だったため、退職することになりました。

「復帰できるようになったら、また応募してください」

との言葉が、たとえ社交辞令でも嬉しかったです。

こうして職を失った私は、

家で休養し通院して治療に専念することになりますが、

数か月間、ほとんど起き上がることさえできず、

通院もできませんでした。

「休職と転職を繰り返す度に悪化しているんだ。

もう、この先はない」

と、消えてしまいたかった。

理想的な転職を棒に

振ってしまったことへの後悔も、

何度も襲ってきました。

数か月経ち、ようやく少し動けるようになり、

「生活費を何とかしなければならない」

と、必死で模索し始めました。

まずは不用品を売りましたが、

大した額にはなりません。

FXもやってみましたが、余裕資金がないと

無理と痛感しました。

病気で外に働きに行けないため、

自宅で自分のペースで仕事ができ

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